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2009.03.19 (Thu)

音楽

なぞ。音楽ってなぞ。



もしも私たちが、紀元前に生まれていたら、どんな気持ちで音と接していたのだろう。
もしも100年前に生まれていたら、どんなふうに音楽していたのだろう。
歴史を垣間見れば見るほど、今ここにある音楽って、ものすごく機械的に作られているものなんじゃないかと思ってしまいます。

私は、音楽って、なんかもっと、心の、感情の表現だと思っていて、そこに理屈もへったくれもないじゃない!!なんて思っていたけど、実はそうじゃなくて、もしかしたら、めっちゃ勉強したら誰でも音楽できるんだ・・・というような気持ちになってきました。大雑把に言うと。

というのは、今の時代だから、なんだろうな。
いろんなことが理論化されて、誰にでも理解できるような統一を図りたがって、考え方の道筋を欲しがって、そうしてああだこうだしてたら、誰でもなんでもできる時代とか、来ちゃうのかな。来ないかな。



昔、ジャズの演奏を始めたころ、「大多数がいいと感じるようなフレーズがある」っていうことをよく言われて、「それは違う」とか「その次はこっちの音だろ」とか言われてばっかりのころがあって、結構混乱していた時期がありました。理論的にあってる音でも「間違い」といわれることがある。

人間の感覚ってすごいから、音の流れとかメロディーとか、自然だなぁと感じたり不自然だなぁと感じたり、なんか分かるんですね。っていうのも現代の音楽に洗脳されてるから、もしかしたら大昔の音楽聴いたら「ん??」って思うのかもしれないけど。


ジャズって音楽があって、それっぽく聞こえるための音っていうのがあって、それっぽく聞こえる音の並びがあって、なんというか、ジャズを演奏したいとなると、そういうものを学べばいい、って話にもなるわけで。
アドリブって言っても、そのメロディーがジャズっぽいとかジャズじゃないとか、いろいろ言う人がいるけど、ジャズっていう音楽を演奏したいなら、やっぱりジャズの音を出さなくちゃいけない、というか。

なんかね、もっと自由だと思ってたの。
いや、自由でいいのかもしれない。
でも、そうじゃないのかもしれないと、考えるようになってきた。

ジャズの曲やります。でもアドリブはなんだかジャズっぽくないね~って、そうなったら「ジャズじゃない」って言うことになるのかもしれない。

ジャズ=なんでもあり では、ないのではないか。と。


音楽には歴史があって、人間はいろいろお話を統一化するためにジャンルとか作ったけど、ジャズってカテゴリーの音楽ってあって、広いし時代背景によっていろいろ変化してるんだけど、そういうジャンルの音楽やりますってなったら、なんでもいいじゃないんじゃないかと。


昔師匠が「ジャズの練習もクラッシックの練習も同じよ」って言ってた意味が、なんとなく分かるような気がしてきました。


練習したら、きっとできるようになる、ってことなんですけど。





で、私の思う音楽って、構築するということ意外に、やっぱり表現だと、思う。
表現で、何を表現したいかって、感情の動きだったり、心だったり。
だとすると、自分の中から出てくる音って、大抵自分の経験した音なわけで、私、日本人で、しかもジャズを聴くようになったのなんてかれこれ10年前くらいで、たった10年の、しかもそこそこ大人になっちゃってから聴くようになったもので、それが自分の心や身体に自然になじんでいるとは、とうてい思えないわけです。

生まれたときから音は、音楽は、身の回りにあふれてて、私の年代だと、松田聖子とか中森明菜とか、私は特にチェッカーズが好きだったんだけど(爆)、そういう音楽ばっかりに触れて生きてきてて、そりゃそっちのほうが馴染みがあるに決まってる、と思う。

あっ、高校時代に一生懸命やってたブラスバンドの曲、現代音楽っぽいのは衝撃だったから結構印象に残ってるけど。

だから、自然にほっといても、ジャズっぽい音なんて、きっと体内から生まれてこないんだと思うわけです。
自分の表現に使いやすい言語、音、馴染みのある音列から、自然に音を選んで表現する。表現しやすいもの、生まれてくるものは、自分の中にあるもの意外ない。
と、思ったりもするのです。

で、ならば、そういう自分の表現として、出したい音を出し、身体から生まれてくるメロディーを演奏するってことを、ジャズの曲のアドリブにおいてやってみるってことは、ジャズじゃないことになるのだろうか。

ある見解からは、ジャズじゃないというかもしれない。
いや、それがジャズだという人もいるかもしれない。
フレーズによるよね~っていう人もいるかもしれない。



音楽をするってことと、表現をするってことの、位置の違いというかずれというか、大昔はそれは同じところにいたんだけど、現代は、究極的に言ったら、それらが無関係であっても、音楽ってできてしまうものなのかもしれないと、思った。本当に感動を生むかどうかは別として。

って、いろんなことがどんどん理論化されていって、解明されていって、整頓されていって、とっちらかってたからあった良いものとかも少数派になっちゃったりして、そういうの、ちょっと寂しい気もします。




混乱してきた(爆)
適当なこと書いてて音楽屋さんにはたいへん失礼な文章かもしれませんね。ごめんなさい。

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